80 年代後期から90 年代初期にかけて活動していたベイエリア・スラッシュ・メタル・バンド、VIO-LENCE のメンバーとして活動していた、ヘヴィ・ロック界の野生児ことロブ・フリンが中心となって結成したバンドが、このMACHINE HEAD だ。結成当初のラインナップは、ロブ、ローガン・メイダー(g)、アダム・デュース(b)、クリス・コントス(dr)。地元のクラブでプレイをしつつ(RANCID やDEFTONES、NAPALM DEATH のショウにローカル・バンドとして出演した事もある)、フライヤーをまいたり街中にロゴ・ステッカーを貼るといったストリート・プロモーションを行いながら活動を続けていたのだが、彼らが始めて制作したデモ音源が幸運にもROADRUNNER RECORDS の手に渡り、同レーベルとの契約を獲得、1994年に世界的に高い評価を受ける1st アルバム『バーン・マイ・アイズ』で鮮烈なるデビューを飾る。このデビュー作品はSLAYER やMETALLICA といったメンバーからの称賛を受け、また発表後17 ヶ月にも及ぶワールド・ツアー(SLAYER との5 ヶ月に渡るツアーも含む)で、世界中のメタル・ワールドのその名を知らしめる事となった(95 年には初来日公演も実施)。
その後クリスがバンドを脱退し、新たにデイヴ・マクレインをドラマーに迎え入れたバンドは、1997 年に2nd『ザ・モア・シングズ・チェンジ...』を発表。この作品でMACHINE HEAD 特有のワイルドなヘヴィ・サウンドを全面に押し出し、またOZZFEST への参戦を含むツアーで、彼らはまた最大のライヴ・バンドである事も世界中に証明する事となる。98 年にはアウト・テイク集『テイク・マイ・スカーズ』を発表、より積極的な活動を見せていた矢先、今度はローガン・メイダーがバンドを脱退、またロブもアルコール依存症となってしまい、そこから這い上がるべく治療を受けなくてはならなくなってしまった。治療から戻ってきた彼はその時の経験からより歌詞の面でその才能を開花させる事になったのだが、その影響が色濃くでたのが、99年に発表した3rd アルバム『ザ・バーニング・レッド』だった。ローガンの代わりに新たにアールー・ラスターをギタリストに迎え入れ、プロデューサーにロス・ロビンソン(KORN, SLIPKNOT)を、ミックスにはテリー・デイト(LIMP BIZKIT, BUCKCHERRY)を迎えて制作されたこの作品は、彼らの持ち味であるアグレッシヴかつヘヴィなサウンドにモダンな要素を取り入れ、新境地を確立、その人気を確固たるものとした。翌2000 年には3 度目の来日公演も行っている。
彼らにとって初の同じメンバーでのレコーディングとなった4th『スーパーチャージャー』(2001 年)では音楽的にも新たな領域に足を踏み入れ、貪欲までにヘヴィネスの要素を吸収していった作品となったのだが、不幸にもアルバム発売直前に9.11 同時多発テロが勃発、全米の人々の心を打ち砕いたこの事件のため、ラジオやテレビから一切ヘヴィなものは締め出されてしまい、バンドは自由に身動きの取れない状況になってしまう。しかし他の国々ではその意欲的かつ彼ら独自のスタイルを貫いたアグレッシヴさは絶賛され、ヨーロッパ各国で行われたフェスティバルへの参加など積極的に活動していった(日本でのBEAST FEAST 参戦もこの時期だった)。ヨーロッパを中心とした長いツアーを終えた後、バンドはそのツアーの模様を収録した初のライヴ・アルバム『ヘルアライヴ』を発表する。このツアーの途中で今度はアールーがバンドを去り、VIO-LENCE 時代からの盟友、フィル・デンメルをサポートに迎えてツアーを続けて言った。このライヴ・アルバムを発表した時点でロードランナーとの契約が終了、MACHINE HEAD という物語の第一幕はここで一旦幕を閉じる事となる。
その後バンドはレーベル探しを続けるのだが(その間の物語は彼らのDVD作品『エレジーズ』(2005 年)で赤裸々に語られている)、最終的にUSを除くテリトリーで再びROADRUNNERと契約を新たに交わし、ギタリストにはそのままフィルを正式メンバーとして迎え入れ、セルフ・プロデュースという形で制作された5th『スルー・ジ・アッシュズ・オヴ・エンパイアーズ』を2003 年に発表する。新たに生まれ変わり、よりヘヴィになったそのサウンドは世界中で大絶賛を受ける。その内容に感銘を受けたROADRUNNER USもすぐさまバンドと契約を結び、2004年にUS でも最新作を発表、ビルボード・チャート88 位に初登場でランク・インというバンド史上最高位を獲得、3 度のUS ツアー、2 度のヨーロッパ・ツアー、各国のフェスティバヴァルに出演するなど、今まで以上に積極的な活動を行い、その名をシーンに轟かせていった。
約3 年に及ぶ長いツアー、それ以降もSOUNDS OF THE UNDERGROUND TOUR 2006 に参戦するなど、従来のMH ファンから新たな若いファンまで獲得し、より巨大化していったのだが、ツアー終了後前作同様ロブ・フリンのセルフ・プロデュースのもと新作のレコーディングを開始、今世紀を代表する大名盤との呼び声も高い名作、『ザ・ブラッケニング』を2007 年に発表する。今までのMACHINE HEAD サウンドはそのままに、前作で見せた壮大な楽曲展開を更に発展させた衝撃的なまでの重量級メタル・アルバムである今作は、さらに大きく絶大な支持を世界中から受け、世界各国で最大の賛辞を受ける傑作であり、全米ビルボード・チャート54 位を記録を記録したほか、ヨーロッパ各国でもTOP 20 にランクイン、「アルバム・オヴ・ザ・ディケイド」に選出されるほどの存在感を放つモンスター・アルバムとなった。ここ日本にはしばらく来日がなかったのだが、今作発売後のLOUD PARK 07 に出演を果たし、その凄まじいパフォーマンスで日本にも新たなファン層を築き上げたのだが、なんとその後1つのアルバムで4 度の来日公演を果たし、その総てを大成功に収め、ここ日本でも驚異的なファン・ベースを持つバンドへと進化していった。4年にも渡る長いツアーを終えた彼らは再び休むことなく新作のレコーディングを開始させる…。
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