1972年3月17日カナダのモントリオール生まれ。
本名メリッサ・オフ・ダ・マー。
ホールおよびスマッシング・パンプキンズに参加し、女性ベーシストとして活躍。2004年にアルバム『オフ・ダ・マー』でソロ・デビューを飾る。写真家、モデル、女優としても独自の個性を発揮し、ファッション・スタイル面でも米ロック界をリードしている。
19歳の時にスマッシング・パンプキンズのダーシー・レッキーやホールのジル・エミリと言った女性ベーシストに感銘を受け、独学でベースを弾き始め、ティンカーと言うバンドを結成。その後、1994年にコートニー・ラブがヴォーカルを勤めるホールに大学を中退してベーシストとして加入。きっかけはスマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンが、彼らの前座を勤めていた彼女の演奏スタイル、存在感を気にいりコート二ーに推薦した事だった。メリッサがベースとして参加し、ソングライティングにも貢献した、ホールのサードアルバム「セレブリティ・スキン」はビルボードで9位を記録し、グラミー賞に3部門に渡ってノミネート。ホールがリリースしたアルバムの中では最高セールスを記録した。 1999年、ホールの活動休止に伴い脱退。その後、彼女が一番好きなバンドの1つであり、また彼女をメジャーシーンに押し上げてくれたビリー・コーガンが率るスマッシング・パンプキンズに参加。1年限りのツアーベーシストではあったが、燃えるような赤毛をふるみだし、前任のダーシー・レッキーを凌ぐプレイを披露し彼女は大きく存在感を世界中のスマッシング・パンプキンズ・ファンにアピールした。
解散後、2001年から彼女はニューヨークに居を移し、"Nylon"や"Bust"といったファッション雑誌に写真を寄稿したり、モデルとして活動したり、当時ビリー・コーガンの恋人だった写真家のイェレナ・ヤムチュックと共にニューヨークで写真展を行ったりと、音楽だけにとどまらない活動を始めた。また、2001年10月にはスマッシング・パンプキンズのギタリストであるジェームズ・イハの洋服ブランド、Vaperのカタログでモデルを務めただけでなく、原宿BEAMSで日本初の写真展、"THE KIDS ARE ALRIGHT"を行うためにジェームスと共に来日し、BEAMS店内でインストア・ライブを行うなど、ソロとしての音楽活動しつつ、写真家、モデル、そして女優としても活動するなど多方面にマルチな才能を発揮している。
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