Mutiny Within
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バンドメンバー
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卓越したテクニックと多彩なメロディを織り交ぜた新人メタル・バンド、MUTINY WITHIN。彼らの結成は、2002年にまで遡る。SYMPHONY XCHILDREN OF BODOMといったバンドに影響を受けながら過ごしていたアンドリュー・“AJ”ジェイコブズ(b)は、弟のブランドン・ジェイコブズ(g)、地元の友人でもあるドリュー・スタヴォラ(key)、ビル・フォア(dr)と共にMUTINYなるバンドを結成、「速く、ヘヴィに、そしてテクニカルに」を信条に、地元ニュージャージーを中心に学校の合間にCHILDREN OF BODOMのカバー・バンドとして活動を続けていたのだが、まもなくしてヴォーカリストが脱退、既にオリジナルの楽曲も書き始めていた彼らは、新たなるヴォーカリストを探し出すために「新世代」バンドらしくウェブ上のMYSPACEやYOUTUBEといったネットワーク・サービスを駆使していく。

そこでたまたまクリス・クランシーなる男が歌っている映像を見つけ、その歌声に一気にやられたメンバーはすぐさまクリスに連絡を取り、自分達のデモ音源を聞いてもらい、そこに彼のボーカルを入れて送り返してもらうように依頼。クリスはまもなく自分のボーカル入り音源を送り返してきたのだが、そのバンドと彼の声が放つ化学反応はすばらしく、すぐさま彼をバンドに加入させようとする…が、問題は彼がイギリス在住の人間であった事。当時地元イギリスでT-Mobile Storeにて働きながら、オペラの唱法を学んできた自らの声をロック・バンドで活かしたいという熱い思いを持っていたクリスは、自分の夢を実現させるためにイギリスからニュージャージーへ移り住むことを決意、中心メンバーのAJの家に居候をする形で、正式にバンドに加入する。

AJの自宅近くのビルの家にある地下室でリハーサルを続けながら、50以上もの楽曲を書き上げていった彼らは、楽曲に磨きをかけながら積極的にギグを行い始める。クリスが加入したことでバンドとしての活動にも勢いが増し、そのテクニックに裏打ちされた新人バンドとは思えないほどの素晴らしいパフォーマンスと楽曲で、徐々に地元を中心にバズが産まれ始めていく。そのバンドに目をつけたROADRUNNER RECORDSと2008年7月、正式に契約を交わし、デビュー・アルバムへの準備を進めていく。その後バンドはMUTINY WITHINへと名前を変え、2008年下旬、TRIVIUMとの仕事でしられるジェイソン・スーコフと共に今まで書き上げてきた楽曲の中から絞り込んだ十数曲のバック・トラックのレコーディングを開始、その後2009年4月、プロデューサーをジェイソン・ビーラー(元SAIGON KICK、プロデューサーとしてはSIKTHSKINDREDなどを手掛ける)に依頼し、正式にレコーディングをスタートさせる。このレコーディング途中に、クリスの大学の友達であったダニエル・バジェが新たにギタリストとしてバンドに加入、ブランドンとの強力ツイン・リード・ギター編成へと生まれかわる。

そしてアルバムが完成すると、バンドはまず2009年9月〜10月にSOULFLYとのUSツアーへ参加、11月にはPERIPHERYとの全米ツアーを行い、全米のメタル・ファンにMUTINY WITHINという名を広め、熱い支持を集めるようになり、デビュー・アルバムへのバズが充分に盛り上がった2010年2月、まずUSでアルバムを発表する。既にARCH ENEMYとのUSツアーが始まっており、4月からはSONATA ARCTICAとのツアーが決定、より多くのメタル・ファンへその名を轟かせるようになるのは、時間の問題だと言えるだろう。アメリカから約1月遅れた3月に、ヨーロッパ及び日本でもデビューを飾る。 QR code Awake着うたQRコード Awake着うたフルQRコード