「新しいオールド・スクール・メタルだね。俺達は全員クラシック・メタルやハード・ロックから影響を受けているけど、その要素を「自分達のサウンド」へと結びつけていったんだ。どの曲にも物語があり、曲の中に起承転結がある。だからこそたまらなく面白いのさ」 ─ クリス・グリーン
この言葉は、まさしくリヴォーカーというバンドの本質を言い表していると言えるだろう。メタリカやマシーン・ヘッドからの影響ももちろんこのデビュー・アルバムには確実に脈づいているのだが、同時にそれとはまったく別の、新鮮なスタイルが、この作品により強力なイメージを植え付けているのだ。彼らはイギリスは南ウェールズ出身で、特にジェイミーとクリスは13 歳の頃から一緒にバンドでプレイしていたという。より本格的にバンド活動を進めていくためにリズム・セクションの必要性を感じていたころ、同じ学校にいたジャックとシェーンが自然な形でバンドに加入することとなり、2006 年、正式にリヴォーカーというバンドが産声を上げる事となった。
「俺達はみんな同じ学校にいたんだ。で、ジェイミーを見つけ出そうとするときは、校長室をのぞいてみればOK って感じだった。例えば、練習の時間を確認する時は、彼に電話するんじゃなくて、校長室に行けば彼に直接聞けたんだ(笑)」 ─ シェーン・フィリップス
「南ウェールズでは変わった存在だったね。長髪でヘヴィ・ミュージックを愛し、みんなのようにラグビーもしないしさ。俺達の音楽はけっこうアグレッシヴだけど、それは、俺達が住んでた街にはほかに何もすることがなかったから、その反動なんだと思う。退屈とフラストレーションばかりで、自分達の愛する音楽でその憂鬱さを発散させていたんだ」 ─ クリス・グリーン
「俺達が住んでた街では、だれもが同じような音楽をやってた。まったく同じなんだ。俺達はトレンドになんか興味もないし、トレンドに迎合しないって所を誇りに感じてもいる。単純に俺達が最高に感じるサウンドを吐き出してるのさ」 ─ ジェイミー・マティアス
地元を中心に活動を続け、自分達のサウンドを確立させながら観客を魅了するパフォーマンスに磨きをかけていったのだが、その活動が実を結び、2010 年7 月、彼らはROADRUNNER RECORDS との契約を獲得する。その契約を勝ち取る前、バンドがEP のレコーディングをしているとき、たまたま同じスタジオにいたスキンドレッドのベンジー・ウェブがその彼らの楽曲を聴き、その音に感銘を受けた彼はバンドにコンタクトを取り、アルバムのプロデュースだけでなく、楽曲への助言、バンドとしての心構え、さまざまな形でバンドをサポートすることを名乗り出る。
この劇的なベンジーとの出会いと、ROADRUNNER との契約で、一気にその活動が爆発することとなっていく。
「俺がこいつらに感銘を受けたのは、もちろん音楽そのものもそうなんだけど、“これが俺達の好きな事で、気に入ろうが気に入るまいが俺達の好きなことをやってやる“っていうアティテュードだった。彼らのライヴを観て、一緒に楽曲を作っていく中で、こいつらには何か一押しできれば、南ウェールズから世界へと飛びだてるバンドになるって感じたのさ」 ─ ベンジー・ウェブ(スキンドレッド)
「ベンジーは全てにおいて助言を与えてくれたよ。楽曲の書き方や、インタビューでどう受け答えすればいいか、みたいな事までね。彼のヘルプは、非常に大きいものさ」 ─ シェーン・フィリップス
契約を交わしたバンドは、まずベンジーと共にデビュー・アルバムのレコーディングに突入していったのだが、完成させた後すぐにアルバムを発売するのではなく、まず数多くのツアーを行っていく。イギリスのハマーフェストやダウンロード・フェスティバル、ソニスフィア・フェスティバルへの出演、レーベルメイトとなったソウルフライや、立役者スキンドレッドとのヨーロッパ・ツアー、その他にもロブ・ゾンビのUK ツアーでのサポート・アクト、UK のヘッドライン・ツアーなど、バンドのお披露目を兼ねたツアーに重点を置いた活動を続け、バンド内の結束力/実力を叩き上げながら鍛えていったのだ。
そして、2011 年5 月、本国イギリスで本作『リヴェンジ・フォー・ザ・ルースレス』を発表、デビューを飾る。その後も精力的なツアーを展開し、既に来年にはニュー・ウェイヴ・オブ・アメリカン・ヘヴィ・メタルの雄、キマイラとのツアーも決定している。そのオーセンティックで「現代的」なサウンドで、世界中のメタル・ファンに勝負を挑む彼らのこのデビュー・アルバムが、いよいよここ日本でも発売の時を迎える…。